シエナの街は、かつてのトスカーナ公国の都で、
フィレンツェに対抗し、独自の文化を培いました。
(カンポ広場)
ここは扇形の穏やかなスロープになっていて、赤レンガが敷き詰められています。
↑プッブリコ宮殿側から撮ったものです。
↑上の写真と反対側からプッブリコ宮殿を撮りました。
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←ドゥオーモ方面からの道を降りてきたところです
↓プッブリコ宮殿で現在は市庁舎となってます。
宮殿の左側にマンジャの塔があります。
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広くて1枚の写真では全体像がわかりにくいので、数枚写真を置いてみました。
(ドゥオーモ)
修復工事中だったのかシートがあちこちかけられていました。
正面の右横です→
ここをくぐると裏側に出ます。(右2段目写真)
裏側に出ました。(右3段目写真)
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(キージ サラチーニ宮殿)
現在は2階部分がキジアーナ音楽院として使用されています。

音楽会の案内板のようなものがありました。 |

左の写真の天井部分です。 |

中庭が素敵でした。 |

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(サリンベーニ広場)
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正面はサリンベーニ館で現在は、モンテ・ディ・パスキ銀行の所有です。建物の前にはパンティーニという会計士の像があります。サリンベーニはシェナの街づくりに貢献しました。
広場の右はスパンノッキ館ですが、上のほうに人の顔が沢山並んだ彫刻があります。 下の写真はその建物の上の部分を拡大してみました。イタリアの有名な人の顔だそうです。 |
(トロメイ広場)
シエナのシンボル、メス狼に育てられた双子の像です。ロムレスとレムスの双子の兄弟が狼のお乳を飲んでいる彫刻で、イタリアの初代王ロムレスは狼に育てられたという伝説があるそうです。 |
(シエナの道)
坂の多い、中世のままの街といった感じでした。建物の門のところによく彫刻を見かけます。写真左の建物は、昔歯医者さんだったのでしょう。文字を読めない人が多かったので、このような彫刻の看板を付けていたそうです。この、看板、可愛くて気にいってしまいました。右は病院の看板ですが、現在も病院の建物でした。 |
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上の写真にあった建物入り口の彫刻の看板、これから先のイタリア滞在地で、また見つけたときは楽しくなりました。それからポンペイの遺跡でも看板があったのにはびっくりです。2000年以上前から看板があったのですね。
この街はどの道を撮っても坂があります。
右の写真、どこの通りかわかりませんが生活感ありました。 |
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